
妻が作った、四度目のバクテー。
薬膳スープで、トロトロに煮込まれた豚リブ。味も食感も、僕がシンガポールで完全に虜になった料理だ。
94歳の義母も、この料理には目がない。
やわらかな肉をほぐし、最後はスープにご飯を入れて「おじや」にする。
「これが一番うまいねえ」と、実に幸せそうだ。
なにより不思議なのは、香辛料が大の苦手だった僕が、バクテーに夢中になっていることだ。
八角、ニンニク、ハッカ系の香り――以前なら、後ずさりしていた。
人間、いくつになっても変われる。
バクテーは、そんな“自己克服感”の象徴だった。

ところが最近、恐ろしい事実が判明した。
僕を変えたのは、精神的成長ではなかった。
ただの嗅覚障害だったのである。
治療を始めて37日。少しずつ匂いが戻ってきた。
つまり、完治すれば、再び、八角に敗北する可能性が高い。
せっかく神様が授けてくれた「幸せになる味覚改革」を、ここで失うわけにはいかない。
バクテーか、嗅覚復活か。
答えは決まっている。バクテーだ。
なぜなら、僕の頭は腸でできているからである。
(2026.5.27、治療36日目)