
『風前の灯火なんて言わせない! 着物の逆襲』を書いていたら、1980年のサントリーREDのCMを思い出した。
和服姿の大原麗子が、「すこし愛して、なが〜く愛して」と甘えるように語る。
勝気なのに、どこか放っておけない。
男たちは、まんまと心をつかまれた。
しかも相手役の男性は、最後まで姿を見せない。
だから視聴者は、「もしかして俺?」と勝手に主役になる。
僕も、強くて、稼げる男になりたい――。
着物の色気と“余白”を見事に使い切ったCMだった。
その年の9月、29歳の僕は会社に辞表を出し、意気揚々とヨーロッパへ旅立った。
新しい人生を探すつもりだったが、今思えば、「俺は何者かになれる」と信じた若さの気負いを、スーツケースに詰め込んでいただけかもしれない。
後になって知った。
マスメディアは、ただ流行を映すだけではない。
「理想の男」や「理想の女」まで、せっせと作っていたのだ。

強い男。勝ち組の男。安心できる男。
時代ごとに理想像は姿を変え、そのたびに男女の生き方も少しずつ塗り替えられていった。
そして今。
テレビも新聞も、「怒り」や「対立」を煽って、なんとか人の目を引こうとしているように見える。
視聴率という名の大義名分を掲げながら。
けれど2026年は、もうソーシャルメディアの時代だ。
誰もが発信し、誰もが主役になれる。
大勢に向かって一方向に語りかけるだけの時代ではない。
それでも、あの大原麗子のCMは、やはり名作だったと思う。
なにしろ、あれほど鮮やかに時代を動かした“マスメディアの魔法”を、僕たちはもう二度と見られないのだから。
(2026.6.11 スイカの花が咲いた)